引き続き温暖化についてぐるぐる考えていきます。
ー僕レジ袋断ってます!
おう(笑)いいじゃん。わからんけど。で最近「温暖化は嘘だ」と言う懐疑論者の動画を見る機会があって。自分が見た動画の中で、”専門家”が言っていたのは、まず
① 温度計の発明が17世紀前半であり、それ以前の温度なんてただの推測だ。
なるほど、確かに、温度、℃、℉って近代の発明ではあるけど。
② 地球規模10万年スケールで見たら、温度は氷期、間氷期のサイクルを繰り返している。100年~200年スケールで温度変化を見ることは予想することは不可能であり、IPCCの報告の信ぴょう性は低い。
なるほど、多分この話は気候と気象の予測不可能性のことを話しているのだろうか。
③ 温暖化の要因は太陽活動の結果であり、これは政治の問題であって、ただの外交戦略の一つでしかない。
なるほど、これは、、
―へええー。したら温暖化って起こっていない?
いや、自分は断言できるほど知識はないです(笑)。でもまあ、確かに温暖化はただの外交戦略の一つかもしれない。<SDGsの不都合-脱炭素が世界を救う大嘘->という強烈なタイトルの本読んだんだけど、昨今の脱炭素の流れは先進国を自滅させ、中国に棚ぼたが転がり込むものって書いていて(笑)。太陽光パネルのシェア8割が中国であり、その中国での生産には強制労働が蔓延っていると。つまり脱炭素信仰により太陽光発電は確実に増加するが、太陽光パネルを導入することは強制労働を助長している可能性があると。
―やば。
そう、また日本は太陽光発電設備導入量世界3位らしいが、確かに至るところに太陽光パネルあるよね。熱海の土砂災害も太陽光パネルが一因である可能性があると。雨が山に保水せずにそのまま流れ出してしまった。現時点では太陽光発電を規制する法律がないから(今年4月に大規模事業者に対するガイドラインが策定されたそう)、そういった斜面にどんどん建設されてしまう。法律で規制されていないので、人災だとしても補償はないと。マジか、なんだそれって感じ。他にも結構やばいことが書いてあるのでぜひ読んでみてほしいんだけど、読んだ総観として確かに今の資本主義体制で環境保全みたいなことを考えることには限界があるのはそう思って。つまり、ここで環境対策をしたところで、そのぶん別のところで環境に負荷がかかる。トレードオフみたいな感じかな。
―なるほどお。
もはや地球温暖化が起こっているかどうか、全然よくわからなくなってきた(笑)。おそらく偉い人的には正直温暖化が起こっているか起こっていないかっていうのはあまり重要ではなくて、地球温暖化という文脈でいかに国を発展させるか、ということしか考えていない感じ。脱炭素とか、人権保護みたいな文脈で話を詰めつつも、裏を返せばただ儲けることしか考えていないんじゃないか。事実、温度変化を予測するのは不可能かもしれないし。ただのデマなのかもしれない(笑)。こういうはなしってマジで陰謀論と相性いいよね。ディープステートとかQアノンみたいな話し。
―裏で誰かが操っている?(笑)
どうなんだろう、わからない(笑)、なんだか暗くなってきたね。でも正直そう考えると、温暖化が起こっているかどうか、ということは科学的に証明することは厳しいんじゃないかと思ってしまうよね。肯定論者の言っていることはまったく理解できるが、100%温暖化が起こっていますとは必ずしも言い切れない部分はありそうで。”なんか確からしい”くらい。もちろん現実に”なんか暑くなっている”感覚はあるから多分温暖化は起こっているとは思うんだが。ただコインが連続10回表が出たとしても、11回目は表か裏はわからない、のようなイメージで。つまりこれってさ、すごい雑に言うと”信じるか信じないか”という問題に帰着しそうじゃない?
―信じるか信じないか、、、
そう、自分のイメージではこれはビッグバンが起こったことを信じるか、信じないか、という問と同じなんじゃないかと思うわけ。ビックバンが起こったのは大方確からしいけど、マジで100%起きたって言えなくない?(言えてたらすいません)ビックバンを仮定することで一応世の中うまいこと説明できるから。そう考えたらなんかちょっと宗教っぽくなってくるよね。環境という新興宗教てきな。
ーへー。
(続)
📙<幸福な監視国家・中国>
何かがデジタルになることは、何かの判断がしやすくなることだと思っています。今までは経験と勘に頼っていたところ、デジタルになることにより、もれなくだぶりなくデータを手に入れることができる。その分より判断のスピードも質も早まるだろうと。基本そういう流れだろうなと思っています。ただ日を追うごとに情報量もスピードも増し、もうデジタルを介さないと何が起こっているかわかりません。
情報の網の目が細かくなることは、その分最適化がはかれて良いことのような感じではありますが、自分達はもはやその中で何が行われているか、把握できなくなりつつありそうです。吐き出された情報がどのようなシステムで吐き出されたのかわかりませんが、なんとなく”まし”なものにはなっていそうな気がします。自分たちは判断せずとも、デジタルに任せれば、なんでもやってくれる。人間の判断は、利害を”調整”する必要が出てくるので、むしろデジタルに任せた方が、なんか”公平そうな”、”まし”なものを返してくれそうです。
そうなってくると、<何かを人間が判断すること>自体が時代遅れになってきそうな感じもします。今までは<人間が判断するためのデジタル>であったものが<AIが判断するためのデジタル>へと変化しつつあるんだろうと思いますし、実際普通にそうなりそうな気がします。
中国は実際にそうなっていますし、政府はAIを用いて統治を進めています。こう書くと一見ディストピア的な監視社会っぽいですが、人々はデジタル化/監視化を進めることによって、効率的に働け、高収入にもなっていき、比較的みなさん肯定的なようです。<みんなの幸せのために>の名の下、より効率的、生きやすい社会が築きつつある一方で、みんなの幸せが実現されるなら、誰かの自由の侵害は目をつむる、AI的な判断により、誤認逮捕など、散見され始めています。どのシステムにも弱点はあるとのことですね。
仮に日本でAIが任用され始めれば、10万円をどのように給付するか、という問題に対してアルゴリズムにそった解が出されるのではないかなと思います。その解は現行の<18歳未満、年収960円以下世帯に5万円現金、5万円分クーポン券>とどちらがより効果的なものになり得るのでしょうか。個人的にはAIが出した解の方がまだ”まし”なものになりそうな予感はします。だからといって中国のような統治を肯定するつもりはありませんが、少なくともそういう方向にはなっていくとは思います。
例えシステムに置き換わったとしても、それは鵜呑みにはせず動向を注視していく、みたいなことって結構効いてきそうな気がします。そう考えるとこれから大事になってくるものは何かを”判断する”ことより何かを”決断する”ことなのかなあとおもったりしてます。良本です。
須賀川記者のアフガニスタン現地リポートです。アメリカ軍が8月31日をもって撤退し、戦争は一応終結しました。しかし案の定反政府組織のタリバンがあっという間にアフガニスタン全土を支配下に置き、その際の日本政府対応の遅さが非難されていたこともありました。あれから2カ月経った首都カブールの状況です。迫力あります。
<追記>
もうすっかり秋も深まってきました。コタツ生活が始まりそうです。正直寒いのはあまり好きではないので、できるだけ暖かいことだけ考えて乗り越えようと思います。